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高松家庭裁判所 昭和54年(家)961号 審判

申立人 原田みさ子

相手方 原田寛一

事件本人 原田良子 外一名

主文

本件申立を却下する。

理由

一  本件申立の要旨

申立人は、相手方と夫婦生活していたが、申立人は相手方の暴力にたえられず、申立人の実兄方に帰つていた間に相手方は、一方的に離婚届を戸籍役場に提出した。せめて事件本人らを引取りたいから、親権者を相手方から申立人に変更することを求めるというのである。

二  認定した事実

(一)  当庁昭和五三年(家イ)第三二四号ないし第三二七号の申立人、相手方間の親権者変更、養育費調停申立事件(昭和五三年八月一四日申立、同五四年五月二八日取下)の家事事件記録(神戸家裁姫路支部調査官○○○○○、当庁調査官○○○○作成の各調査報告書を含む)本件記録(審判移行前の調停事件記録を含む)並びに申立人、相手方、山田幸子、新谷吉幸、秋山清子各審問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(二)  (1) 申立人は、本籍地で出生し、中学卒業後姫路市内の石油会社の会計係として勤務中に神戸市内で生まれ、中学卒業後電力会社に就職し、姫路市内の発電所に勤務していた相手方と知合い、恋愛関係となり昭和四〇年四月二五日結婚式を挙げて同居し、翌年一一月一一日婚姻の届出をした。

申立人と相手方との間には、昭和四二年三月二八日には長女良子が、翌年六月二七日には、長男英夫が出生した。

(2) 相手方は、昭和四四年九月頃勤務先を過労を理由に退職し、申立人はその間アルバイトをして家計を扶けていたが、相手方は同四六年高松市に住む実弟に招かれてサツシ業を共同経営することになり、申立人一家は同市に移り住んだ。

(3) 申立人は、高松市に来てから家計補助のため自動車工具卸店の会計事務員として勤務していたが、昭和五一年一二月一八日会社の忘年会で二次会に誘われ、酔余取引先の人と肉体関係を結び深夜帰宅したため相手方が疑惑を抱き詰問されて真相を告白したところ相手方が怒つて暴力を振つてせめさいなむようになつた。

(4) 申立人は、相手方の求めにより勤務先を変つたが、相手方の心は融けず責めさいなまれるためいたたまれず昭和五二年二月初めに単身で家出したが一〇日余りして実兄に伴われ相手方の許に帰つた。ところが、相手方の態度は一向改まらないので、同年四月一七日再び家出し、実兄の許に身を寄せている。

(5) 相手方は、昭和五二年四月二八日事件本人らの親権者を相手方として協議離婚の届出をして、その謄本を申立人に送付してきた。

申立人は、右届出についてはやむをえないと考え異議を唱えなかつた。ただ復氏について不満を覚えたので同年七月二七日戸籍法七七条の二による離婚の際の夫の氏を称する届出をした。

(6) 申立人は、しばらく実兄の許で寄食していたが、昭和五三年八月から姫路市内で会社勤めをして月収約九万円をえている。家出の際に連れて出る暇のなかつた事件本人らを広い家の実兄の家に引取り或は県営住宅を借り受けて母子三人の生活をしたいと熱望している。

昭和五四年一〇月一二日本件を申立てた直接の動機は、事件本人らから昭和五四年夏休み中に来信があり、良子の「一緒に暮らしたい、今の生活は全然楽しくない。お母さん、どうにかして」という文面をみてたまらなくなつたからである。

(7) 相手方は、離婚後しばらくは父子三人で生活していたが、昭和五二年一一月ころから夫と別居してスナツク経営をしていた山田幸子(昭和一九年三月生)と同女とその夫との間に生れた事件本人らとそれぞれ同年齢の男児と共に六名で同居生活をしている。

(8) 事件本人良子は、現在中学二年生、同英夫は、小学校六年生になつている。

事件本人良子は、真面日で利口で学級委員に選ばれるほど人望もある。現在卓球に熱中しているが級の上位の学業成績である。

事件本人英夫は、六年生になつてから学業成績があがり級の中位になつている。体操が特にすぐれている。

両名共担任教師の目からみて、片親のかげりはみうけられず、実父母の許で暮らしたいとの望みは抱いているし、実母に対する慕情もあるけれども、実父である相手方がいつくしむし、現在の生活についての不満を洩らしたことはなく、現在の家庭環境や学校生活から抜けだして実母である申立人の許へ行く気持はうかがえない状況にある。

山田幸子は、右同居後は、前記経営をやめて一家の切り盛りをし、事件本人らと自分の子合せて四人の養育にあたり学校の参観や行事に積極的に自他の別なく参加して学校側に協力し、家庭生活に気を配り、家庭内では事件本人らは幸子をママと呼び、幸子の二児は、相手方をお父さんと呼び、四人の子は喧嘩をしても翌日はケロリとして一応仲良く暮らしている。

(9) 相手方の月収は、約二五万円である。現在の生活を継続し、山田幸子が夫と離婚したのちは、婚姻して双方の二児を互に養子とする意向であつて、事件本人らの親権者として申立人を親権者に変更することには反対している。

三  当裁判所の判断

前項の認定事実に基づき次のとおり判断する。

(一)  申立人の申立のとおり本件離婚届は相手方が無断で事件本人らの親権者として昭和五二年四月二八日協議離婚の届出をしたものであるが、申立人が右事実を知つたうえで、これを有効とする前提に立つて同年七月二七日離婚の際の夫の氏を称する届出をしているから遅くともそのころ右無効の協議離婚を追認したものと認められる。したがつて本件協議離婚は有効であり、これに伴う親権者の指定もまた有効である。

右前提に立つて次に親権者変更の許否につき審究する。

(二)  案ずるに、親権者の変更の許否にあたつては、子の福祉を重視してその養育監護についていずれが適格者であるかを諸般の状況から比較考量するのが相当と考える。

これを本件につきみるに、本件離婚にいたる経緯ことにどんな事情があつたにしても申立人は単身家出をしていること、本件離婚後相手方において事件本人らを監護養育して来たこと、同居者山田幸子も母親代りになつて相手方の家庭生活はもとより学校生活にも並々ならぬ努力を払つていること、事件本人らも現状から脱出するまでの心情を抱いていないこと、さらに申立人に寄せられた事件本人らの便りは、情緒不安定期にある同人らが夏期休暇中実母に対する情緒的親密感を表白したもので、相手方との実生活を嫌悪してその許を去り申立人の懐に飛び込むまでの決意があるとまでは採りがたく、事件本人らは現在の家庭生活及び学校生活に強い愛着の念を持つていること等が認められる。

してみれば、現段階においては、申立人の子に対する情愛の念を認めるにやぶさかではないが、事件本人らの福祉を重視する立場から考えると、相手方を従前どおり親権者として維持する方が相当というべきである。

四  結語

申立人の本件親権者変更の申立は以上のとおり理由がないから本件申立を却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 矢島好信)

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